生命科学の歴史 イデオロギーと合理性』ジョルジュ・カンギレム著 杉山吉弘訳

生命科学の歴史―イデオロギーと合理性 (叢書・ウニベルシタス)

生命科学の歴史―イデオロギーと合理性 (叢書・ウニベルシタス)

19世紀後半の生物学・生理学・解剖学を調べている。科学とイメージとの架け橋が何かしらみつかるのではないか、という淡い期待。

ということで、まずは科学史のカンギレムから。

科学哲学という分野については、バシュラール・カンギレム・ダゴニェという流れぐらいしか知らず、初めて読んだ。科学認識論という観点から、医学・生物学・生理学などなどにおける科学者たちの認識、視点の設定、概念規定の変容が歴史的に辿られている。フーコーと相互的な影響をもつカンギレムは、それら科学史に、複数のセリーと断絶とを確認していく。

ここでまず、問題になるのが科学と歴史の関係であり、科学者と認識論者の立場の相違である。

「認識論研究者の問題は、真理への抱負をもつ多かれ少なかれ体系化された言表の顕在的な継起であるかぎりでの科学の歴史から、現在の科学的真理がその暫定的な終端をなすところの、今はただ察知しうるだけの潜在的な秩序ある歩みを、首尾よく抽出することである」(p.15)

「どんな科学史家も必然的に真理の歴史叙述家である。科学の出来事はたえず増加する真理のなかで鎖状につながっている…。思考のあれこれの瞬間は、思考と経験の過去に回帰的な光を投げかける」(p.18、バシュラールからの引用)

「たえず増加する真理」、このバシュラールの主張を引き継ぎながら、決して単線的な歴史記述に陥らぬよう、真理から逸れた科学への視線をカンギレムは欠かさない。「ある科学の過去は、今日の科学の過去なのか。」

またカンギレムが批判するのは、バシュラールによる概念「認識論的断絶」の通俗化であり、それをトマス・クーンの「パラダイム(通常科学)」とも差異化している。
カンギレムによれば、クーンは科学に特有な合理性を見誤っているという。彼のパラダイムおよび通常科学[規範的科学]には、文化的事実としての経験的な存在様式だけしか認められていない。利用者の選択の結果である「パラダイム」、アカデミックな制度内での専門家集団に共通な「規範的なもの」は、哲学的批判に関わる概念にまで及ばず、社会的心理学の水準にしかないのであるという。
それに対して、バシュラールにおける「規範」概念は、理論と数学とを同一視する彼の数学主義(理性主義)に発している(そこに限界もある?)。数学には、規範的なものではなく、規範化されたものがある。数学はある認識内容をもち、そのうちに進歩が登録されているというバシュラールの考えは、経験主義的な論理主義に対する批判でもあった。

フーコーと並んでアルチュセール(的マルクス主義)からの影響を隠さないカンギレムは、科学とイデオロギーの関係について一章を費やしている。彼によれば、科学的イデオロギーという概念は、マルクス主義的な意味でのイデオロギーに包摂されるものではない。科学的イデオロギーは、虚偽意識であるわけではなく、マルクスのいう弁証法的な義務を達成することもない。科学的イデオロギーも歴史を備えているが、それが終末を迎えるのは、「科学知の百科全書においてそれの占めている場所が、科学性という自らの規範の妥当性を操作的に証明するある学科によって包囲されるとき」(断絶されるとき?)である。



以上、メモ。ここでの議論が現在においてどれぐらいの妥当性を備えているのか判らないが、「歴史」に対する反省をもう少し聞きたい反面、後の具体例と理論との往復が読んでいて心地よかった(文章は長く、読みにくいのだが)
18世紀から19世紀にかけて、生命科学には数々の断絶が確認されるのだが、なかでもやはり中心となるのは、クロード・ベルナールとパストゥールである。前者は実験的手法によって、生理学に基づく科学的医学を基礎付けたのであり、後者は細菌学を立ち上げ、生体と無機物との構造上の対立(対称性と非対称性)を主張した。これらの手続きによって18世紀的な医学は退けられ、両者によって、いわば医学と生理学との線引き(場所:病院―実験室、対象:人間―動物、手段:生薬調合―化学的合成物)が成立する。しかし、重要なのは、動物実験―人体実験のように、両者にはつねに相互的な往還による問題が生じることだろう。むしろ、ここで明確なのは、生体と非生体という線引きであるが、20世紀の生化学は逆の結論、すなわち両者の本性上のいかなる差異も廃棄することとなったという。それは動物―人間でもおなじ。
ちょっと混乱。


19世紀、科学は近代化と同時に、多様化する基盤を見出した。そこには多様なイメージや概念が生まれる契機が存在しただろうと想像する反面(例えば、<調節>)、思ったよりも明確なその棲み分けに困惑する。やはり絞込みが必要か。解剖学・衛生学はまだしも、生理学は難しい・・・


他、借りた本。
生命科学近現代史

生命科学の近現代史

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生物学を創った人々
生物学を創った人々

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比較「優生学」史
比較「優生学」史―独・仏・伯・露における「良き血筋を作る術」の展開

比較「優生学」史―独・仏・伯・露における「良き血筋を作る術」の展開

王の肖像
王の肖像―権力の表象の歴史的哲学的考察 (叢書・ウニベルシタス)

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