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19世紀末の科学者は写真に何を見ていたのか?

拙著の刊行記念イベントが開催されます。詳細は以下の通りです。 どうぞよろしくお願いします。

増田展大『科学者の網膜』出版記念トーク
「19世紀末の科学者は写真に何を見ていたのか?」
佐藤守弘×門林岳史×増田展大

日時 2017年5月13日(土)16:00スタート(15:30開場)
場所 MEDIA SHOP
料金 500円
予約 メディアショップにて受付。mediashop@media-shop.co.jp/075-255-0783
*当日参加も受け付けますので、お気軽にお越しください。詳細はこちら

写真から映画へ、そしてテレビ、スマホタブレットなどのデジタル技術へ――。私たちは、映像文化の発展をこのように考えています。ただ、この歴史からはこぼれ落ちている豊かな映像文化がかつてありました。

本書は、19世紀末を映像文化の転換点として位置づけて、映画へとたどり着かなかった/忘却された写真文化を、それに熱狂したフランスの科学者の姿を通して描き出します。連続写真・グラフ・型どり・デッサンなどの新旧メディアと、医学や生理学、解剖学、心理学などが交差する地点で、科学者たちは映像技術の開発や応用にのめり込みました。19世紀末の科学者のそういった振る舞いや驚きと、いま私たちが最新の映像技術に向き合ったときの違和感や不思議な身体感覚の重なりを本書は指摘しています。

19世紀末フランスの映像実践にとどまらず、モーションキャプチャ3Dプリンタなどの現代の映像技術をも射程に入れた本書から、視覚文化史が内包するポテンシャルをどのようなものとして考えていけるでしょうか。

そこで本トークイベントでは、増田さんに本書を概説していただいたうえで、『トポグラフィの日本近代』で写真・絵画の近代を論じた佐藤守弘さんと、『ホワッチャドゥーイン、マーシャル・マクルーハン?』で「メディア」という概念そのものを分析した門林岳史さんのお二人に、本書から引き出すことができる論点などを語っていただきます。

フロアからの質問・発言も随時受け付けながらトークを進めます。お気軽にご参加ください。

科学者の網膜: 身体をめぐる映像技術論:1880-1910 (視覚文化叢書)

科学者の網膜: 身体をめぐる映像技術論:1880-1910 (視覚文化叢書)

『科学者の網膜』関連動画

拙著は写真を中心としていますが、いくつかの初期映画にも触れています。それ以外に珍しい技術も多いため、現在上がっている関連動画を以下にまとめました。


  • 序論 『カドール岩の謎』(レオンス・ペレ、1913)

*本書で分析した「映画治療」の場面は、23分頃からです。


  • 第1章

『ドラネム(真の柔術)』(アリス・ギィ、1905)

『近代の彫刻家』(セグンド・デ・ショーモン、1908)


  • 第2章

「フォノスコープ」(ジョルジュ・ドゥメニー、1892)



  • 第3章

「12眼式連続写真機」(アルベール・ロンド、1893)

「ゾープラクシスコープ」(エドワード・マイブリッジ)
*マイブリッジによる著名な撮影だけでなく、編集・上映技術までまとめられています。



  • 第4章

『音楽狂』 (ジョルジュ・メリエス、1903)


  • 第5章

「写真彫刻」(フランソワ・ウィレム、1860年代-)
ウィンチェスター美術大学で復元された様子。

「写真彫刻」(20世紀版)

科学者の網膜: 身体をめぐる映像技術論:1880-1910 (視覚文化叢書)

科学者の網膜: 身体をめぐる映像技術論:1880-1910 (視覚文化叢書)

青弓社の視覚文化叢書シリーズから、以下の拙著が出版されます。

視覚文化叢書 5
科学者の網膜 身体をめぐる映像技術論:1880−1910
増田 展大 著

19世紀末から20世紀初頭のフランスで、名もなき人々の身体を測定するために写真を中心とする映像技術を駆使した5人の科学者たち。現代から見れば奇妙で荒唐無稽でさえある写真の使い方は、当人たちにとっては人間の感性を可視化する科学的な実践だった。

「写真から映画へ」という映像史からはこぼれ落ちてしまう科学者5人の熱狂的な実践――ポーズや歩き方を捉える連続写真やグラフ法、そしてかたどり――に光を当てる。そして身体をつぶさに観察するため、写真を人間の目=網膜と重ね合わせた「科学者の身ぶり」を掘り起こす。

19世紀末の忘却された映像実践から、多様な映像環境に組み込まれた私たちの感性の変容をも照らし出す視覚文化論の成果。貴重な図版を100点近く所収。

出版社のページ


本書では19世紀末を映像技術の転換期と捉え、写真を中心としつつも、とりわけ後の映画には結びつか「なかった」技術に熱狂した科学者たちの身ぶりを分析しています。この時期の科学的実践は、連続写真やグラフ、型どりやデッサンといった新旧の映像技術をさまざまなかたちで応用し、人々の身体を可視化しようとしていました。科学者であれ被験者であれ、人々の身体がそれらのメカニズムのうちに取り込まれていくプロセスに、現在までの映像メディアが多様に展開していく可能性を見出すことが本書の狙いです。

医学や生理学、解剖学や心理学などの領域を事例としつつ、各章ごとに登場する科学者たちの名前は決して有名ではありません。それでも彼らに共通するのは、大衆文化を少なからず意識しつつ、それでいて技術的な開発や応用をこれ見よがしに提示する身ぶりであり、それらはすべてを扱うことができなかったほどに興味深いものです。なかでも「科学者の網膜」とは、当時の科学者たちのあいだに流布していた、写真のことを指す比喩表現です。それが意味する内実については本書で論じていますが、この表現に顕著な技術への「過信」にこそ、現在までの映像メディアを再考するカギがあるのではないか、なんてことを書いています。

目次は以下の通りです。

序 章 身体と映像技術
第1章 エドモン・デボネの身体鍛錬術――表層的なものとしてのポーズ
第2章 ジョルジュ・ドゥメニーの歩き方――身ぶりを失うということ
第3章 アルベール・ロンドの連続写真機――フォト/クロノグラフィの間隙
第4章 アルフレッド・ビネのグラフ法――心理を可視化すること
第5章 ポール・リシェの型どり――世紀転換期のヴァーチャリティ
結 語 身ぶりの機械

 
手にとって頂ければ幸いです。

科学者の網膜: 身体をめぐる映像技術論:1880-1910 (視覚文化叢書)

科学者の網膜: 身体をめぐる映像技術論:1880-1910 (視覚文化叢書)

今週末に開催される研究会のお知らせを頂いたので掲載します。
いつもとは切り口の異なるテーマですが、中国からのゲストも迎えて大変楽しみな内容です。



「妖怪VSゾンビ
−−人間ならざるモノとのコミュニケーションにおける表象」

【日時・場所】
2017年2月11日(土)14:00〜17:00
同志社女子大学今出川キャンパス
純正館S104教室

【主催】
同志社女子大学学内助成金(奨励研究)
「非人間的な現代のコミュニケーションについての調査研究」(研究代表:松谷容作)

【研究会主旨】
周知の通り、今世紀に入りデジタル方式に基づいた技術が私たちの生活を様変わりさせてきている。私たちの身体が隅々にわたってデータと化し、その根本的な存在のあり方がDNAという情報に還元されるように、また知人との会話がスマートフォンの画面のみで成立するように、人間存在とコミュニケーションのあり方は徹底した刷新のなかにある。しかし、このような刷新のなかにあったとしても、なにか実体をもった行為主との間でコミュニケーションを形成しているように私たちは信じている。では私たちは何とどのようなコミュニケーションを形成しているのか。本研究会では行為主を怪異や妖怪、ゾンビであると仮説を立て、これらと私たちが過去から現代にいたるまでどのようなコミュニケーションを形成してきたのか、そのことを2名の研究者による表象を軸とした発表とディスカッションを通じて考察していく。

【発表者・発表タイトル】
司志武(曁南大学外国語学院日本語学科准教授)「怪異と身体:「やまい」の思想史的試論」
福田安佐子(京都大学大学院人間・環境学研究科後期博士課程)「ゾンビはいかに眼差すか」


【発表要旨】

  • 司志武「怪異と身体:「やまい」の思想史的試論」

「怪異」とはなにか。妖怪とか災異とかと一概には言い切れない。しかし、「怪異」事象は人間にとって危険・恐怖・不思議などを感じさせる物事に違いない。「怪異」事象に対して人間の感性が働いて、それらを判断して評価するのである。例えば、『漢書』『後漢書』の『五行志』は怪異を分析するときによく使われる「疴(やまい)」という言葉は、人間が体の異常から得た感性で「怪異」事象を理性的認識する表現である。また、「やまい」そのものは、様々な「形」で人間の「日常」を狂わせて、「異常」に改変したりする、個体の「怪異」である。「やまい」は古来よりどのように想像されて、「怪異」の世界に取り入られてきたかについて、古代思想史的角度から論じてみたいと思う。

  • 福田安佐子「ゾンビはいかに眼差すか」

集団で、血肉を求めて人間に襲いかかる。その動きは頭部が破壊されるまで止まらない。こういったゾンビを我々はよく知っている。だが、彼らは、我々をどのように見ることができるだろうか。ゾンビの「眼」の表現には、この人間によく似た怪物がいかなるものとして想定されているのか、という製作上の意図や観客の嗜好が反映されている。彼らは時に、蘇った死者や、生死をさまよう病人として、または、欲望に突き動かされる群衆や、抗えない感染力や凶暴さの比喩として描かれてきた。ここでは、「眼」にあらわれでている、人間とゾンビの関係性に注目して、時代により変容するその姿を詳らかにしていく。


【発表者プロフィール】

  • 司志武(シ シブ):曁南大学外国語学院日本語学科準教授。専門は中日比較文学。現在は、主に中国讖緯思想が平安時代の説話文学に与える影響について研究している。主な論文に「日本中古説話集与讖緯:以『日本霊異記』為例」(『曁南史学』、2016年)と「日本近世怪異小説与『剪灯新話』:以「金鳳釵記」的日本翻案為例」(『明清小説研究』、2013年)などがある。

急になりますが、1月21日(土)に開催される講演会のお知らせです。
メディア、バイオ・アートに続いて今回は「スペース(宇宙)」をトピックとして、
『知覚の正体』の著者である古賀一男さんにお話を伺います。


知覚の正体---どこまでが知覚でどこからが創造か (河出ブックス)

知覚の正体---どこまでが知覚でどこからが創造か (河出ブックス)

実験心理学の分野から、とりわけ眼球運動を検証されてきた先生です。最近の映画などでも注目を浴びている宇宙の微小重力空間において、人間の知覚経験がどのような変化を被るのか、またその限界についてお聞きします。

多様な分野の方に刺激的なお話を伺ってきましたが、今回で一区切りとなります。
お誘い合わせのうえ、どうぞお気軽にご参加ください。

グローバル・アート・インダストリーにおけるアートの可能性 公開研究会vol.4


微小重力環境における生の技法=アート、その現在と未来
−宇宙工学/スペースアート−

講師|古賀一男
実験心理学・宇宙生命科学
京都ノートルダム女子大学

日時|2017/01/21(土)14:00-
会場|同志社女子大学今出川キャンパス)純正館S104教室

プログラム|
14:00- イントロダクション|岩城覚久「スペースアートとエステティックス」
14:30- レクチャー|古賀一男「微小重力環境へのヒトの順応とその限界」
16:00- インタビュー
※一般の方の来聴も自由です(参加費・申し込み不要)

企画|
前川修(神戸大学)|美学・視覚文化論
岩城覚久(近畿大学)|感性学
増田展大(立命館大学)|映像メディア論

主催|科学研究費補助金基盤研究(C)研究代表者:前川修(神戸大学
「グローバル・アート・インダストリーにおけるアートの可能性」
協力|科学研究費補助金基盤研究(C)研究代表者:松谷容作(同志社女子大学
「ポストインターネットにおける視聴覚表現の作者性にかんする批判的考察」

pdfファイル

インターネットアートの作家、渡邉朋也さんの個展に企画協力として参加しました。
関連イベントも大変楽しみです。

渡邉朋也個展「信頼と実績」


期間:2017年1月7日〜1月29日
場所:ARTZONE
URL:http://artzone.jp/

  • 作家経歴

渡邉 朋也 WATANABE Tomoya
1984年東京生まれ
2006年多摩美術大学 美術学部 情報デザイン学科 卒業

コンピュータやインターネットといったメディアテクノロジーをベースに、インスタレーション、映像作品、ダジャレ、エッセイなどを制作する。近年の主な展覧会に、「フィットネス. | ftnss.show」(東京/2016)、「みえないものとの対話」(福岡/2015)、「マテリアライジング展?」(京都/2015)、「Affekte」(エアランゲン,ドイツ/2014)、「光るグラフィック展」(東京/2014)などがある。

  • クレジット

企画:きりとりめでる
企画補佐:藤村南帆(京都造形芸術大学アートプロデュース学科)
企画協力:松谷容作、増田展大
スタッフ:市下純子、河野彩子、呉屋直、中川恵理子(京都造形芸術大学アートプロデュース学科)
共催:科学研究費助成事業研究課題名「ポストインターネットにおける視聴覚表現の作者性にかんする批判的考察」(課題番号15K02203)、京都造形芸術大学アートプロデュース学科、ARTZONE

  • 関連イベント

トークショー「アートと計算(コンピューテーション)」日時:2017年1月29日 18:00〜
登壇者:渡邉朋也、秋庭史典氏、水野勝仁(司会)他


あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。

旧年中は他の領域の方々とも交流させて頂く機会が増え、どうもありがとうございました。ここは本当にぼちぼちと更新しているのですが、ひとまず昨年の仕事をまとめました。本年も少しずつではあれ、興味関心を開いていきたいと思っています。

  • 共著・分担執筆


長谷正人編著『映像文化の社会学 人は映像に何を求めているのか』
第9章「医療における映像文化」、第14章「アニメーションという映像文化」
有斐閣、2016年10月、159-175、249-267頁


小山昌宏・玉川博章・小池隆太編著『マンガ研究13講』
第7章 映像・芸術論「マンガにみる複数の瞬間」
水声社、2016年8月、203-234頁

  • 翻訳

イアン・コンドリー「砂漠の世界でのもつれ合い」
ユリイカ』特集 新海誠、第48巻第13号
青土社、210-214頁、2016年9月号


映像文化の社会学 マンガ研究13講 [ 小山昌宏 ] ユリイカ 2016年9月号 特集=新海誠 ―『ほしのこえ』から『君の名は。』へ



  • 研究発表

「生命のメディエーション––バイオテクノロジーの歴史をつうじて」
シンポジウム「映像のテクノロジーと人間のイメージ」
平成28年岡山大学文学部プロジェクト研究「映像表現と人文学」
岡山大学文学部、2016年10月28日

"Gravity and Moving Image in the Nineteenth Century"
20th International Congress of Aesthetics,
at Seoul National University, Korea, 28 July, 2016.

「バイオアートのマッピング
グローバル・アート・インダストリーにおけるアートの可能性公開研究会vol. 2
生命操作の技法=アート、その現在と未来 ―生物工学/バイオアート―
神戸大学文学部、2016年3月6日

  • その他

・レクチャー
「バイオアートの射程――アート、テクノロジー、サイエンス」
京都精華大学大学院特別講義「呼吸するART&DESIGN vol.3.2」
講師:松谷容作、増田展大、進行:佐藤守
京都精華大学、2016年11月17日

・パネル司会
「ヴァーチャル空間と現実空間の関係の再検討
――デジタルゲームにおけるアフォーダンス、インタフェース、エコノミー」
発表者:伊藤京平、向江駿佑、シン・ジュヒョン、コメンテーター:吉田寛
表象文化論学会第11回大会パネル、於立命館大学、2016年7月10日

・聞き手
グローバル・アート・インダストリーにおけるアートの可能性
研究会vol.3 「感性編集技術=アートの現在と未来 ―感性人類学/メディアアート―」
講師:クリス・サルター、聞き手:岩城覚久とともに
同志社女子大学今出川キャンパス)、2016年4月10日

・報告文
「わざ継承の歴史と現在――身体・記譜・共同体」所感
『野上記念法政大学能楽研究所Journal』vol.5
共同利用・共同研究拠点「能楽の国際・学際的研究」編、1頁、2016年3月31日

・企画・聞き手
グローバル・アート・インダストリーにおけるアートの可能性
研究会vol.2 「生命操作の技法=アート、その現在と未来 ―生物工学/バイオアート―」
講師:岩崎秀雄、齋藤帆奈、司会:前川修、聞き手:岩城覚久とともに
神戸大学文学部、2016年3月6日