アヴァターを見に行く。今更だが、もののけ姫がマトリックスでタイタニックした、という感じ。最後に見開いた眼は、続編のやる気だろうか。劇中の画像技術などでは近年の作品を参照しつつ、なぜ物語構造は逆行した(させた?)いたのか。ロボット技術は妙に…

ニューヨークの写真美術館から、Dawn Adesの新刊?らしい。 http://shopping.icp.org/store/product.html?product_id=32514 タイトルの通り、クローズ・アップについて。ちょっとだけおもしろそう。ところで、共著のSimon Bakerという人については知らなかっ…

Duboisの続きが読みたくなり、今日大学でコピーした本。買い物カゴに入れようか迷う。●Cinéma et dernières technologies 1998年なのでもはや「最新」でもないが、Duboisとスティグレール、Dominique Chateauなどが、映画と後の映像技術、テレビ=ビデオなど…

Bourdelle美術館で開かれている、イサドラ・ダンカン展へいく。予想以上に楽しめた。 20世紀初等にアメリカから来た彼女がBourdelleとも親交があったことから、彼女にまつわる画家や彫刻家の作品、写真、映画などをバランスよく配置した展覧会。周知のとおり…

スイスで行われた展覧会のカタログが届く。残念ながら現地を訪れることはできなかったが、『犯罪の劇場』というタイトルで、ベルティヨンとも親交のあったスイスの犯罪科学の創始者、Rodolphe A. Reissによる犯罪写真展が開かれていた。彼の文章は読んだこと…

前期の授業「映画と絵画」の課題提出のため、Philippe Duboisの論文を読んでいる。 《La question du figural》, Phillipe Dubois 収録は、Cinéma Art(s) plastique(s), sous la direction de Pierre TAMINIAUX et Claude MURICIA, 2004, L'Harmattan http:/…

フランス写真協会へ行く。BayardやBisson兄弟らが1854年に設立した協会、現在は国立図書館の隣にひっそりと佇んでいる。 マルテルさんに招待して頂き、論文についてのコメントを頂く。その後、Albert Londeの写真群をアーカイブから引っ張り出してもらい、直…

19世紀写真展覧会とコンデ美術館のサロン展示を目当てに、Chantilly城へ。 前者については、城の一室に20点ほどのこじんまりとした展示であったが、Gustave le Grayの海写真やBraunのアルプス写真、Bisson兄弟やRoger Fentonのクリミア戦争報道などなど、19…

今年最後の授業。 Poivert先生の授業では、ジル・カロンのアーカイヴの管理者/近親者の方が来て、インタヴューするという授業だった。 途中、先生が今期の授業の主な論点を説明されてたので、以下メモし。

ディディ=ユベルマンの授業、引き続きファロッキの作品について。前回がイメージ受容の話だとすれば、今回はイメージ制作の話であった。端的に言えば、ベンヤミンの「生産者としての作家」を通じて、ファロッキの実践を読み解くというもの。ここでも、イメ…

引き続き、昨日のコロック「芸術の社会史」へ行く。このテーマが今選ばれたこと自体に多少疑問を感じつつ、午後のディスカッションへ行ったが、T.J.クラークら美術史の専門家を中心に、社会学、心理学史(K・クラウスベルク)、科学史(B・ラトゥール)の発…

大衆文化といえば、途中、抜け出して、もうひとつ同時に行われていた「芸術と社会」のコロックへ。こちらはT.J.クラークが司会を務め、仏・独・米の絵画論の著者などが集うようだが、僕が行ったのは、「1930年代のニューヨーク、リアリズム、モダニズム、左…

L'image comme stratégie :des usages du médium photographique dans le surréalisme 担当教官が司会を務めるコロックへ。シュルレアリスム展に合わせて、それにまつわる博士課程の研究発表会のよう。午前から言ったが、頭が回らずフランス語も耳に入らなか…

二日目。板垣鷹穂の写真批評についての発表。写真と俳諧の類似性はメディアとしてよりも、その制度的な側面に顕著だと思うが、ここでも彼のモダニズムへの態度が、プロパガンダに巻き込まれながら、捻れていく様相が浮かび上がる。リュケンさんの発表は、芸…

日本写真史コロックへ。 エステーブさんの発表は、ヨーロッパ以外の欧米で流行したというガラス写真について。ダゲレオタイプばりの親密性をもったメディアであった点が興味深いガラス写真であるが、それがダゲレオタイプの場合と、時差をおいて、どのような…

Jeu de Paumeの本屋は、写真や映画からビデオまで、英語系もよくそろっていた。今後チェックすることにする。Poivert先生の授業では、Gilles Caronの68年写真とバルトやブルデューの理論との並行性、最後にはゴダール映画のミザンセヌとの類似性が指摘される…

朝一のTGVで3時間かけてZKMへ。 念願のメディア・アート館へ行き、インタラクティヴ・アートを一通り楽しむ。20年を記念して、「修理して」まで作品を一同に展示した会場では、ひとつひとつ、説明書のない機器を手探りで操るように、作品とのやりとりをおこ…

Direct8で、イーストウッド特集。西部劇(タイトル不明)と『ダーティー・ハリー』を見る。 西部劇は途中からしか見れず、ハリーにしても、フランス語吹き替えでほとんど言葉はわからないが、わかりやすく見れてしまうのは、どちらにしても、その古典的な手…

ディディ=ユベルマンの授業へ行く。 ヴァールヴルクのムネモシュネについて、と聞いていたが、ギデオン、ベンヤミン、ヴィリリオなどを参照しつつ、ファロッキの作品分析が主な内容であった。おもにヴィリリオとフルッサー、またドゥルーズなどを参照しつつ…

友人に誘われて、映画を見にシネマテークへ。La vie aquatique =The Life Aquatic with Steve Zissou (2005、米)というもの。誘われるがまま何の情報も頭になかったが、長蛇の列ができていて、どうやら公開当時のフランスでも評判だったものの再上映らしい。…

Images anonymes dans la presse de la Belle Epoque:entre objectivite et communaute - Anne-Claude Ambroise-Rendu「ベルエポック期の新聞における匿名のイメージ 客観性と共同体のあいだで」世紀転換期の新聞・雑誌研究者による論文。新聞によって爆発的…

今さらだが、研究会終了。僕自身の発表は、20世紀初頭のロンド、デボネ、リシェという三人による身体表象の写真的実践の検証によって、国境線における「異常」な身体との比較から「正常」とされたジムナストたちの身体が、あるときには、サーカスの伝統を引…

L'âme au corps : arts et sciences 1793-1993 ed. Jean Clair 1993年にGrand-Palaisで開かれた展覧会カタログ。なかなかすごくて、図版よりも論文が中心を占めている。表題どおりに、18世紀から19世紀にかけての芸術と科学の近接性がテーマ。是非、行ってみ…

昨日の論文の続き。 19世紀中頃、断片的に存在した自然・社会科学の正当化と広範な知識の伝達がおこなわれるようになった。制度的・言説的実践の地平において科学的手法が推進され、新たな知の領野の形成が、それが生み出した権力と支配の諸効果と不可分のも…

引き続き、科学史を漁っているのだが、いまひとつ接続点が見当たらない。 どうやら科学史・科学哲学には、内向的方法という態度があって、外的なコンテクストよりも「科学」に内在的な認識論の変遷に注目するらしい。金森さんの議論「概念史から見た生命科学…

“Veins of Resemblance: Photography and Eugenics” - David Green

偶然見つけた、文字通り、優生学と写真の関係についての論文、1985年のThe Oxford ArtJournalに掲載。 85年にどういう文脈で議論を展開しているのかと思ったが、要は、写真的リアリズムを批判するJohn Taggによるコンテクスト重視の写真の意味決定の態度に感…

Le Corp Redressé - Georges Vigallero長いあいだ置いてしまっていたヴィガレロの主著『矯正された身体』。著者は体育学校出身の研究者で、EHESSの先生。フランスでもスポーツ、ジムナスティーク関係の研究はやはり社会学関係が多くなるのだが、そのなかでも…

引き続き、生命科学の歴史。生命科学の近現代史作者: 広野喜幸,林真理,市野川容孝出版社/メーカー: 勁草書房発売日: 2002/10メディア: 単行本 クリック: 3回この商品を含むブログ (6件) を見るカンギレムよりもさらに具体的な生物学・科学史。中村禎里を引き…